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2004年2月23日 |
新しく主治医になる医師よりメールで入院日時の指示がある。翌々日の25日に受け入れ可能という事。さっそくメールの内容を確認した旨、電話で伝える。関西弁ではきはきとした口調の女性医師である。 今まで半年間ずっと付き添いをしていた事もあり、小児科で化学療法を行うような病棟で、付き添いなしなんて考えてもいなかった。だいたい、食事や薬、トイレの世話はどうするの〜?メッチャ甘やかしてきたから、自分ではなんにもできないよ。 「Y先生から連絡がありました。調整中ですのでお待ち下さい。」との返信。 結局、付き添いが出来るようなほかの施設はすぐに入院できるところがなく、予定通り25日にY先生の病院へ入院する事になる。 |
2月25日 |
午前中に現地に着く。 |
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13時 |
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病棟に案内される。 |
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子供たちのセルフケア能力が高いのは、看護師がそれだけ関わってくれているという事。他の子に出来てこの子に出来ないはずがないとは思うが、やっぱり不憫。 |
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それに驚いたのは点滴のアラームが聞こえたら、看護師だけでなくたまたま通りかかった医師でも止めて対処していく。これは自分の職場でも、一昨日まで入院していた大学病院でも見かけなかった光景。 |
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看護師達の表情や子供への言葉かけも親しみがあり、第一印象はかなりいい感じ。 |
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今後の方針について |
Y先生、T先生、S先生が同席 Y先生「今までに試した事がないシスプラチン、エンドキサンで来週からとりあえず化学療法を始めます。もともとのプロトコールにはオンコビンも入っていますが、じろうくんの場合放射線の時にオンコビンは入っていたので今回は2剤で行きます。病理組織もこちらの病理でも一度見せてもらいたいので取り寄せようと思っています。御自宅が遠い事がきになっているのですが・・、移植まで考えると入院期間は最低でも4ヶ月以上だと思ってください。幹細胞のこちらへの移動は移植までにすればいいことなので、向こうの先生と連絡をとって時期を見て送ってもらいます。」 |
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この日は住まいの契約などの為まんぼうじろうを病院に一人で残し帰る。 |
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翌日面会に行くと看護師から「夕べは少し泣いていたけどちゃんとねれたようです・・。」との情報。 |
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ココの病院のいいところ。 |
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きびしい!と思った事。 |
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こうしてじろうと私の大阪ライフははじまった。 |
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2004年3月2日 |
転院して初めての化学療法。今回からIT(髄注)があるが、入眠処置をしてもらえるので本人の恐怖感はそれほどでもない。ドルミカムが切れる昼過ぎまで入眠しているとちょうどIT後の安静2時間が解除となる時間。 |
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依然として食欲はなく、吐き気も続いているが初日は吐くことはなく、過ごす。 |
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3日 |
一日おきに薬が入るので、この日はなし。院内学級に午前も午後も行ける。「クレヨンしんちゃん」のビデオみたり、ドラえもんのマンガ読んだりして過ごす。 |
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4日 |
院内学級にもなじんできている様子と担当医からいわれる。面会時間前には同室のRくんとオセロして遊んだと。 |
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5日 |
朝、一時間学校行くのみで倦怠感が強く帰ってきてしまう。食欲も一気に悪化。算数のドリルもやらずTV,ビデオ観ている。 |
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6日 |
CDDPはいる。 |
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7日 |
もう経口摂取はまったくできず。何も食べていなくても唾液〜胆汁様の嘔吐頻回。歯磨き、イソジンうがいでも嘔吐反射あり、何回かやりなおしする。 |
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8日 |
いままでバクタだけは吐かずに内服できていたが、内服とともに嘔吐。朝の分は免除してもらったが、夕も嘔吐。再投与。 |
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9日 |
3食とも一口ずつ。しかし前日よりはすこし活気ある。ボランティアさんが来る日でほかの子に混ざって病棟前ホールで機織り体験は楽しかった様子。 |
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10日 |
RI検査 |
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*しかしこの化学療法食(食欲の落ちた人用)が曲者で温かいうどんを選べば3食ともうどん。冷たい冷麦を選ぶと、これまた3食とも冷麦。ほかのおかずは一般食と同じについてくるので好きなものだけ食べればいいというものらしいが・・。だいたい食欲がない人たちに3食同じものを出すというのはどう・・? |
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11日 |
結局うどんも飽きるのでもとの学童食にもどす。 |
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12日 |
WBC 360、好中球220で本日からエンビラ(アイソレーター)。Hgb(血色素) 9.0 Plc(血小板)8.4 この日からG-CSF連日投与。 |
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骨髄抑制期の清潔レベルは各施設基準によって違うが、ここでは食事はラップのされた完全加熱食、エンビラから出るときは3Mの防塵マスク着用で院内学級・プレイルームも可能である。 |
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13日 |
エンビラの中でポケモンのジグソーパズル。 |
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14日 |
夕食に作ってきた豚汁、小さめのカップ一杯食べて、「あ〜ぁ、おいしかった。」と。久々に聞く言葉。顔色は徐々に悪くなっている。 |
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15日 |
WBC 320 好中球 200 Hgb 8.7 * Plc 3.4 |
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倦怠感強く横になってること多い。ビデオみたり、ゲームしたり。 |
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16日 |
洗浄PC-10(血小板輸血) |
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アレルギー予防のアタPを前うちして昼からPC-10始まる。このため1時間半くらい昼寝。 |
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ドリル1ページできたので、少しは気分良くなっているかもしれない。その後「しんちゃん」のビデオ観る。 |
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17日 |
WBC 170 好中球15 Hgb8.2 Plc8.3 |
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18日 |
Map2単位 |
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時々吐き気はあるものの、食事は1割くらいは食べる。 |
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19日 |
白血球810 好中球 400 Hgb 11.6 Plc 5.4 |
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21日 |
ガンマガード5g |
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22日 |
WBC 3150 好中球 2500 Hgb 11.0 Plc 2.4 |
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23日〜25日 |
また吐き気が強くなり一日に何回か嘔吐もあり。“しんどい”といってぽろぽろと涙をこぼす。 |
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26日 |
WBC 1240(減少はG-CSF終了しているため) 好中球800 Hgb 10.4 Plc 5.2
「今回のMRIをみても前回の腫瘍の大きさとかわっていない。もう一回くらいなら同じメニューで治療しても良いが、期待するほどの効果はないと思う。A先生とも相談するが、このまま何回も治療を加えるよりも、次は大量療法に行ってみてはどうかと考えている。 |
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今回のレジメでの効果を期待していただけにショックは大きかった。 |
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27日 |
春休みに入り家族全員がこの日から大阪に来た。じろうも途中採血のため2度帰院するが一週間の外泊が許されたのは移植前に家族の時間を持っておくようにという、先生方の配慮だったのだろう。 |
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2004年4月2日 |
明日までは外泊中。外泊前のY先生の説明が頭を離れず、家族と話し合っても泣けてばかり。 |
4月4日 |
外泊より帰院。 |
5日 |
体重19.0Kg |
6日 |
移植前の口腔外科受診。う歯などが移植時に感染元とならないようチェックしておく。 |
8日 |
前に入院していた地元の大学病院から“採取してあった末梢血幹細胞”が到着。 |
14日 |
PET検査のため大阪市大病院へ行く。本来ならこんなに早くは予定できない検査であるが、移植前チェックということで、早く予定してくださり感謝。 |
大量化学療法の説明及び同意書
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追記; |
「HDCに関連する死亡は5〜20%は存在する。約100人中8例を造血幹細胞移植中に失った。」という記述に関して。 ここに書かれている死亡例の数字は同種移植のものであり、この大量化学療法レジメンでは12年前の開始当初に2名の方が亡くなったということですが、その後薬剤投与量の見直しがなされ、現在の投与量にしてから今までに80人以上の方が実施されていますが、死亡例は0
だということです。 このたびこのことを教えていただき、正しい情報提供をしていきたいので、ここに訂正させていただきます。 Up date : 2006.5.29 |