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2004年4月15日 |
朝早くから公衆電話で携帯に電話かけてくる。夜中に何度もおしっこが間に合わず、パンツがなくなったと半ベソ。 |
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大量療法MENU(日程)
*一般に移植日をday 0 という。 |
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10時頃から治療薬投与開始。データーが下がってくるまでは大部屋で可能ということでまだ4人床。昼食は私の介助で主食のみ全量。夕食は主食5割、副食2割。夕方はほかの子とゲームボーイケーブルでつないで4人バトル。楽しめるだけ余裕あり。吐き気はあるが嘔吐することなかった。痙攣予防のため本日よりセレニカR内服開始。 |
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16日 |
WBC 3060 好中球 1400 Hgb 9.7 Plc. 26.1 |
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一昨日のPETの結果の話あり。 |
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17日〜18日 |
なぜかこの2日間の日記が記載していない。なんでだったかな〜。 |
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19日 |
WBC 880 好中球 660 Hgb 9.4 Plc 16.6 AST 70 ALT 65 LDH 313 |
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20日 |
朝食未摂取。内緒でチョコビあげると2ヶ食べる。昼食は持参の豚汁1/2杯。ご飯2口。 |
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21日 |
WBC 540 好中球 469 Hgb 8.6 Plc. 10.9 LDH 320 |
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22日 |
この日から2日間また治療薬入る。 |
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貧血亢進のため、MAP2単位。 |
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23日 |
WBC 80 好中球 60 Hgb 11.7 Plc 7.5 |
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24日 |
この日の10時でTEPA終了。フェノバール入っているため、うとうとしている。 |
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25日 |
WBC 100 好中球 24 Hgb 10.8Plc 2.6 CRP 3.29↑ |
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26日 |
WBC 20 好中球 0 Hgb 10.7 Plc 1.5 CRP 3.47 |
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全く経口摂取できていないので、本日より高カロリー輸液と、補液量追加。 |
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アルブミン製剤も入る。 |
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ようやく明日PBSCT!! |
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2004年4月27日 |
チェック表を見ると昨夜22時から朝10時まで下痢6回。 |
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輸注副作用防止のための前投薬としてステロイド、抗ヒスタミン薬が入り、熱は38.5℃まで下がる。 |
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28日 |
WBC 10 Hgb 10.4 Plc 5.4 CRP 2.59
7時病院着。昨夜私が帰った22時から朝までに下痢5回。朝5時半くらいに起きて「かあさ〜ん」と泣いていたとの事。 |
29日 |
WBC 0 Hgb 9.4 Plc 3.3 CRP 2.86
熱は38℃台が続いている。抗がん剤の影響で全身の皮膚が炎症を起こし赤くなっていたが、色素沈着してきてブロンズ色になってきた。髪の毛は元から無いが、まつげも眉毛も全部抜けてしまった。下痢続いており、補液ユニカリックN 60ml/h ソリタT3 80ml/hにUP。 |
30日 |
WBc 20 Hgb 8.7 Plc 1.6 CRP 2.58
熱38.0℃→39.1℃ |
5月1日 |
wbc 0 Hgb 11.3 Plc 4.6 CRP 2.35
熱は38.4℃。連日の高熱のため38℃台ならそれほど辛そうでもない。CRPが下がってきたことと、昨日血小板もMAPも入っていることで今日は落ち着いた日になるかと思っていたら・・。 |
2日 |
鼻のガーゼは辛そうだが再出血ない。熱は38.4℃ |
3日 |
WBC 0 Hgb 9.6 Plc 6.6 昼間付き添いをばぁばと交替し夜の付き添いの許可が出る。夜の時間がかわいそうだったので、そばにいられるだけでちょっと安心。 |
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5月4日 |
ゴールデンウィークの間、家族が大阪滞在している。 この日、昼間の付き添いをばぁばに交替してもらい、長男たろをつれて大阪観光。
部屋に入ってみるとじろが悪寒でがたがた震えている。モニター見るとHR180。熱40.5℃。 |
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5日 |
朝、担当医に昨日からの様子と疑問に思っていることを聞いてみる。前回の培養でペントシリンに感受性があるのでこれでよいと思っていると言われる。説明を受けてもまだ自分の中で納得がいかない。昨日の培養結果が出る間で待って、タイミングとしては遅くないか? 朝CRP 8.98 →夜CRP 11.33
熱38.9℃ |
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6日 |
一時間くらいはぐっすり眠るが「おなかが痛い!」と目覚めてしまう。熱40.1度 |
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7日 |
前夜から繰り返し腹痛で泣いている。鎮痛剤は6時間以上間隔をあけなければならず、さすったりあやしたりして痛みが落ち着くのを待つ。少しはウトウトするが、痛みで起きてしまう。
昼間は緑色水様便に黒い岩のリが混入したような便であったが、夜になり卵大の血の塊が1個混入。PC−10が入った後、改善。 |
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8日 |
朝5時、腹痛でレペタン点滴。
下肢、体幹、後頚部に浮腫が出てきた。本日もアルブミン、ラシックス投与され、夜になり浮腫は若干改善。 |
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9日 |
エンビラ解除!G-CSF続行中とはいえ、好中球が湧いてきたら、CRPも下がってきた。 |
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10日 |
1時レペタン点滴。下痢はタール便。HR 110〜120だが腹痛時は150〜160.熱は37.7度
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11日 |
腹痛を伴う下痢、下血続き昼12時から、モルヒネ開始。 |
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12日 |
この日も便意とともに腹痛増強!
MAP,PC,アルブミン施行。 |
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13日 |
モルヒネ続行中。時々腹痛あるが、頻度は減った。昼寝もせずTVやビデオみたり、ゲーム少しできるようになる。熱36.8℃ |
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14日 |
夜中に痛み出現。1時アタP点滴してもらい朝まで眠る。
朝からずっと見るからにFreshな下血。17時過ぎからPC始まりようやくとまる。 |
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15日 |
痛みなく一日中ゲーム、TV、ビデオなどで過ごす。全く起き上がることはできないため側臥位だけれど・・。 |
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16日 |
時々「気持ち悪い」という。腹痛は無く、便意がわかるようになってきた。朝から濃緑色の透明な水様便2回。少し“とろみ”のある便になった。 |
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17日 |
医師から少しずつ起こしていくよう、指示されベッドギャッジアップするが、30度程度で「頭がふらふらする。下げて。気持ち悪い。」と怒っている。
歯磨きやうがいだけでも吐き気強い。医師から経口摂取勧められ、夕食についたスイカ一口、口に入れてみるが飲み込めず。「苦い。まずい。」と怒る。咽頭痛ないが味覚の変調著しい。腹痛ほとんど訴えなくなり、モルヒネは1/2量に減量。CRPも落ち着いてきたため抗生剤は本日で止め。 |
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18日 |
歯磨きうがいはいやいやながらも何とかやらせてくれる。 |
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19日 |
吐き気、食道部不快感、味覚障害は続いている。
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20日 |
大部屋に移動。移植前と同じ部屋を希望し、お友達のRくんの隣のベッドにしていただく。 |
| 5月21日〜 |
大部屋に出たからといっていきなり元気になるわけでもなく、長期臥床による筋力低下、ふらつき、吐き気など続いている。医師や看護師からなるべく起き上がる時間を長くしていくよう指示されるが・・。ベッドでギャッジアップしても15分くらいが限界で「気持ち悪い。吐きそう。下げて〜。」とぽろぽろ涙を流し訴える。必要だとわかっていても実際これ以上続けると吐くのだから、ベッドを下げるしかない。食事摂取もほとんどできていないので“補食可”の許可を得るが、他の子と同様、夕食のみにせざるを得ない。他の子たちだって化学療法中で食欲不振、吐き気に悩まされている。それでも“補食は夕食のみ”のルールの中で我慢している。一日の中でも調子の悪いときも、よい時間帯もあるのだから「食べれる時間に食べたいものを少しでも」というのが親心なのだが・・。大部屋という集団生活の中での子供の社会もあるのだから仕方がない。 |
| 28日 |
今までほとんど経口摂取できていなかったため中止となっていたバクタ、再開となる。 |
29日 |
車椅子で移植後初めてプレイルームに行く。車椅子への移動は抱きかかえるのだけど、背中も脇もやせ細っているからどうやって抱いても「痛い。」お尻の肉も全然なくなってしまい、車椅子に座ると「痛い、痛い。」バスタオルをクッション代わりにひいてようやく座る。本が好きな彼は他の子と同じように遊べなくてもここにいることは好きみたい。でも、おしっこが近いので長い時間はいられない。部屋に戻るともうぐったり。座っていることって体力必要。楽しみながら少しずつベッドから離れる時間を増やしていく。みそ汁の中の豆腐と白菜数口食べる。せっかく食べてもバクタ飲むと吐き気が出て、全部嘔吐。あ〜ぁ。バクタは食前にのむことにしよう・・。 |
31日 |
採血でWBC 3500なのだが好中球が5%しかない。まだ骨髄回復は十分でなくG-CSF再開となる。Plc.も1.1と低値でPC-10施行。 |
6月1日 |
常時吐き気があるわけではないが食欲は全くない。食事は毎回いやいやながら私が強く勧めるものだから、一口、二口つつく程度。せっかく無理して食べても、食後のうがいや内服もどしてしまうこと多い。体重18.8Kg |
2日 |
WBC 15250 好中球 10065 G-CSF中止 Plc.2.4 |
4日 |
WBC 4100 好中球 2009 Hgb 8.2 Plc. 1.7 PC-10施行 |
5日 |
Map 2単位 |
7日 |
数日前Y先生から「お母さん、少し気になっていたのだけど、じろ君耳の聞こえどうですか?私がなんか聞いても返事してくれへん時があるんですけど、嫌われてるからかなと思ってみたり・・。」先生を特に嫌っているわけではなく、TV,やゲームなどに集中しているせいか、私が話しかけても返事もしないこともあり、繰り返し何度か呼びかけて返事することが確かにある。 |
8日 |
移植後初めての入浴。車椅子で浴室まで移動。支えてなんとか立位をとりシャワーチェアに移動、2〜3歩、歩く。抱きかかえるようにして浴槽につからせてみる。毎日身体は拭いているし、手、足浴もしていたがやはり大量の垢がでる。疲労感が強いため長い時間は無理だが「気持ちいい。」と。もともとお風呂は大好きな子だから、無理もない。 |
10日 |
移植後評価のためMRI |
11日 |
昨日血小板低値だったためPC-10施行。 |
6月12日 |
なんとなく病院に行きたくない。画像上病変が残っているとわかり、なにもやる気がせず自分の部屋でボ〜っと過ごす。私が来るのを待っていることはわかってるのだけれど・・。ようやく重い腰を上げて面会時間の3時に間に合うよう、病院到着。 |
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13日 |
なかなか起き上がる時間が増えないので、ベッドの上に置ける、小さな座椅子を持ち込む。ゲームボーイやってもいいことを条件に座らせる。4人床の他の3人は外泊、隠すことなく補食できる。持参のポテトサラダ、味噌汁を量は少しだがうれしそうに食べる。味覚障害はまだ時間がかかりそう。甘いものは「まずい!」塩味のものを好んで食べる。 |
14日 |
朝からバクタの内服ができておらず、看護師さんに何度も内服促されてふてくされている。吐き気があるのはわかるんだけどのもまなきゃ仕方がないのだから、あきらめればいいのに・・。食欲無し。病院食についたスイカ3口、バームクーヘン1口。 |
15日 |
起き上がることや、動くようにどうしても口うるさくなってしまう。親も子もストレス。担当医の先生にリハビリ依頼のお願いをする。快く依頼してくださり感謝。 |
16日 |
院内学級に連れて行くが、気分が悪いとすぐにもっどってきてしまう。車椅子座位も30分が限度。 |
17日 |
今日からリハビリ室に行き、訓練開始。リハビリベッドに端座位になり、座る練習。すぐに横になりたがるが、PTの先生がサッカーボールを持ってきてくれると、とたんに活気付きボールけりする。こうやって楽しみながリハビリ進むと良い。 |
18日 |
午後から少し院内学級に行く。リハビリ室に行くのは楽しいようで、起き上がることさほど嫌がらず。車椅子に乗って病棟の外に出れるのはうれしい様子。自力座位時間少し伸ばす。 |
19日 |
リハビリベッドの周り、支えられながら一周歩く。 |
20日 |
点滴の支柱につかまって、一人で歩く。 |
22日 |
リハビリ室の中からリハビリ廊下まで、PTの先生と歩いた歩数自分で数えて・・、144歩!毎日の成功体験がリハビリ順調の秘訣。もともと長期臥床による活動不耐と筋力低下だけで麻痺などないため、回復早い。 |
23日 |
リハビリ室から病棟までPTの先生と一緒に歩いて帰る。その後さすがに疲れたのかぐったり。 |
24日 |
転院してきてからずっと仲良く遊んでくれた一つ年下のお友達が今日退院。 |
25日 |
帰院後、眼科受診。眼底、所見無し。散瞳のミドリンPでかなりしみる感じ強く、半泣き (・_・、 |
26日〜27日 |
また、外泊。頻繁に外泊させてもらえるのは、気分転換と好きなものを少しでも食べてくるようにという計らいだろう。 |
28日 |
今日は大量療法後初のルンバール、ドルミカムで入眠処置。処置後すぐ覚醒し、「てりやきマックバーガー、食べたい。」という。自分から積極的に食べたいということは珍しい。買ってくると、1/3程食べる。午後から院内学級へ行き、その後リハビリも予定通りいく。 |
29日〜30日 |
[今日外泊する〜。」面会に行くとうれしそうに言う。すでにT先生に自分で伝え、許可もらったらしい。外泊すれば好きなものが食べれるからかと思っていたが、よくよく聞いてみると、「母さんと寝たいんだもん。」と。 |
7月2日〜 |
骨髄の回復がやや遅延している。WBC 1790 好中球 400でグラン75を臨時投与される。Hgb 9.1 Plc. 5.5 |
3日 |
名古屋のお友達Sくん親子が面会に来てくださる。外出許可をもらい一緒に外食するが、あまり食べられず。嘔吐あり。 |
5日 |
骨髄はまだへなちょこなのか、WBC 2780 だが好中球 220 と低値で二日間グラン75 臨時投与。 |
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移植後ずっと肝機能は高めで強ミノ続けているが、更に悪化傾向のためこの日から強ミノ2Aに増量となる。 |
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12日 |
Hgb 8.0 MAP2単位施行。 Plc.3.0 骨髄回復がいまひとつ。肝機能もやや高値、食事摂取量が増えてきていない。家が大阪近郊であれば退院して外来受診で様子見れる程度だということだが、自宅が遠いためしばらく入院継続でお願いする。 |
7月中旬から8月 |
病棟内でも自由に歩き回り、進んで5階への散歩も行くようになり、リハビリは終了にしていただく。 |
8月17日 |
地元小学校の担任の先生、養護の先生が大阪まで来てくださり、院内学級の担任の先生、主治医、担当医、私のメンバーでじろの復学に向けてのカンファレンスを行う。病気の経過、今後考えられる問題、学習の進度について話し合う。 |
19日 |
大阪市立総合医療センター退院する。 |